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東京高等裁判所 昭和56年(行ケ)172号 判決

原告

パウル・オツプレヒト

被告

特許庁長官

主文

特許庁が昭和56年2月4日、昭和52年審判第12708号事件についてした審決を取消す。

訴訟費用は被告の負担とする。

事実

第1当事者の求めた裁判

原告は主文同旨の判決を求め、被告は「原告の請求を棄却する。訴訟費用は、原告の負担とする。」との判決を求めた。

第2請求の原因

1  特許庁における手続の経緯

原告は、昭和47年3月24日、1971年(昭和46年)3月26日及び1972年(昭和47年)2月18日のスイス国における各出願に基づく優先権を主張して、名称を「電気縫合せ抵抗溶接法」とする発明につき特許出願(特願昭47―29644号)したが、昭和51年4月15日付及び同年11月24日付で拒絶理由の通知があつたので、昭和52年4月26日付手続補正書により特許請求の範囲を補正した。しかるに、同年6月4日、拒絶査定を受けたので、原告は、これを不服として同年9月28日、審判を請求(昭和52年審判第12708号)し、昭和55年1月18日出願公告(特公昭55―2158号)されたが、特許異議の申立がされた結果、昭和56年2月4日、特許異議の申立は理由がある旨の決定とともに、「本件審判の請求は成り立たない。」との審決がされ、その謄本は同月23日原告に送達された。

なお、原告のため出訴期間として3か月が附加された。

2  本願発明の要旨

自動溶接機において1つの単線電極と2つの電極支持ローラとを使用して電気縫合せ抵抗溶接する方法において、前記2つの電極支持ローラ間の連続溶接電極線として、溶接領域において前記電極支持ローラの圧力により電極線の変形が生じないように、圧延、引抜、成形又は硬化等の加工により引張り荷重に対する弾性限度を増加させた電極線を用いるようにしたことを特徴とする電気縫合せ抵抗溶接法(別紙図面(1)参照)。

3  審決の理由の要旨

(1)  本願発明の要旨は、前項記載のとおりである。

(2)  これに対し、

(1) スイス国特許第462979号明細書(以下「第1引用例」という。別紙図面(2)参照)には、2つの電極支持ローラ間に1つの電極線を移動させる電気縫合せ抵抗溶接及びこの溶接においては、溶接工程中に電極線がローラで圧延されて伸長しループが形成されるので、このループの形成を防止する必要のあることが示されている。

(2) また、スイス国特許第370175号明細書以下「第2引用例」という。別紙図面(3)参照)には、2つの電極支持ローラ間に2つの電極線を移動させる電気縫合せ抵抗溶接において、電極線として断面をレンズ状又はだ円状に圧延したものを使用することが示されている。

(3)  更に、菊地喜久男著「金属材料学」第210頁、昭和41年4月20日共立出版株式会社発行(以下「第3引用例」という)には、銅を加工すると引張り強さの増すことが記載されている。

(4)  そこで、本願発明と各引用例とを比較する。

本願発明と第1引用例のものとは、いずれも2つの電極支持ローラ間に1つの電極線を移動させる電気縫合せ抵抗溶接であつて、しかも、溶接工程中に電極線がローラで圧延されて伸長してもループが形成されないようにする点で同一と認められるが、電極線の伸長によつてループが形成されないようにするため、本願発明は、電極線として伸長しても当初の形状に復帰するように弾性限度を増加させたものを用いるのに対して、第1引用例には、電極線の強度については何も示されていない点で、差異が認められる。

(5)  そこで、この差異について検討する。

電極支持ローラ間に電極線を移動させる電気縫合せ抵抗溶接において、特定の形に圧延された電極線を用いることが第2引用例で知られているから、第2引用例のものと同じく電極支持ローラ間に電極線を移動させる電気縫合せ抵抗溶接である第1引用例の溶接の電極線に、第2引用例に示されている圧延された電極線を転用することは、当業者が容易に想到しうるものと認められる。上記転用にあたり、第1引用例に示されている電極線の伸長によるループ形成を防止する観点から、変形の少ないもの、すなわち、弾性限度の大きい材料を選択すること、そのために第3引用例に示されている加工硬化により弾性限度を増化させた、例えば、本願発明の電極線と同程度の弾性限度を有する周知の硬銅線を選択することは、当業者が容易にしうるものと認められる。

(6)  以上のことから、本願発明は、第1引用例に示されている電極線として、第2引用例に示されている圧延された電極線を転用するにあたり、周知の加工硬化された硬銅線を選択することにより、当業者が容易にしうるものと認められ、その効果も、硬銅線の性質から当然予測しうる範囲のものと認められる。

したがつて、本願発明については、特許法第29条第2項の規定により、特許を受けることができない。

4  審決を取消すべき事由

審決は、次の点について誤認をし、本願発明は、各引用例から当業者が容易にしうるものと誤つて判断したものであり、違法であるから、取消されるべきである。

(1)  第1引用例には、「硬質電極線を使用することによつてループ形成を阻止する」という技術的思想は開示されていないのに、本願発明と第1引用例との対比において、「ループが形成されないようにする点で両者は同一である」と誤つて判断した点

(1) ループ形成を阻止するという技術的課題は、本願発明によつて最初に解決されたものであり、したがつて、上記解決手段として硬質の電極線を使用することも、本願発明をもつて嚆矢とする。

(2)  これに対して、第1引用例における課題は、従前必要とされていた2本の電極線(2つの電極ローラの各々にそれぞれ1本ずつの電極線)の代りに単一の電極線を使用し、かつ、上記電極線を2つの電極ローラで案内することを可能にすることにある。そして、上記課題を解決するために、第1の電極ローラと第2の電極ローラとの間におけるループ形成を阻止することに関しては考慮することなく、反対に、このようなループ形成を意識的に許容もしくは甘受して、すでに形成されたループを、溶接中は引張りローラ27及び41によつて伸長し、溶接終了後休止時間中はモーターMによつて巻枠44に引張り巻き上げて除去し、専ら従来必要とされていた2つの電極線をただ1つの電極線で置換しうるようにするという課題の解決をしたものであつて、ループ形成の阻止に関し示唆するところはない。

(3)  したがつて、審決が、第1引用例には、ループの形成を防止する必要があることが示されており、かつ本願発明と第1引用例とでは、溶接工程中に電極線がローラで圧延されて伸長してもループが形成されない点で同一であるとしたのは事実を誤認するものである。

(2)  第2引用例には、本願発明でいう「電極線として伸張しても当初の形状に復帰するような弾性限度を有する程度に圧延する」という技術的思想は開示されていないのに、これが開示されていると誤認し、第1引用例の溶接の電極線に第2引用例に示されている圧延された電極線を転用することは、当業者に容易に想到しうると判断した点

(1) 本願発明の特徴は、「連続溶接電極線として、溶接領域において……電極支持ローラの圧力により電極線の変形が生じないように、圧延、……等の加工により引張り荷重に対する弾性限度を増加させた電極線を用いる」(特許請求の範囲)点にある。すなわち、本願発明において溶接時に「延伸されたかあるいは圧延された線(特性曲線2及び3)は、弾性範囲内で変形されるので、その当初の形状に復帰する、すなわち、ループを形成しない。」のである(本願発明の特許公報(甲第10号証)第3欄27行ないし30行)。

(2) これに対して、第2引用例の電極線は、一度電極ローラ10及び11の圧力によつて変形すると、二度ともとの形状に復帰しない。すなわち、ループを形成してしまうのである。第2引用例には、「同様に、他方の導電性の線22は、巻枠23から引出されて機構24を通り、ローラ10の溝25に挿入され」(第1頁65行ないし68行)る旨が記載されているところ、その第2図には、巻枠17及び23が図示されていて、この巻枠17及び23は、2つのばね機構により線16、22の伸張による弛みを吸収するために外方に向つて押圧されているから、第2引用例の機構は、ローラ間にループ形成が行われる(電極ローラの圧力によつて変形せしめられた後は当初の形状に復帰しない)ことを前提とし、かかるループ形成によつて生ずる線の弛みを吸収することを目的とする機構であることは、当業者が極めて容易に理解しうるところである。

(3)  また、第2引用例の電極線が本願発明の「引張り荷重に対する弾性限度を増加させた電極線」と異なることは、次の事実から明らかである。

すなわち、断面が円形の電極線は、引抜きによつて製造される。したがつて、製造過程において変形を受け、変形された後に焼きなまされるため軟質となる。このことは、公知の技術的知識である。第2引用例においては、断面が三角形、長方形、バンド状、レンズ状、だ円形等の電極線が円形の電極線と同等に扱われているから、これらの各種形状の電極線も焼きなまされた軟質の銅線でなければならないことは明らかである。したがつて、第2引用例の「特定の形に圧延された」電極線は、全部焼きなました軟質のものであり、巻枠17及び23に付されたばね機構によつて電極線の伸張した分を吸収する必要がある。

ところが、審決は、第2引用例には、特定の形に圧延された電極線を用いることが記載されているから、この電極線を第1引用例の電極線に転用することは当業者が容易に想到できるとしているが、前述したところから明らかなように、第2引用例にいう「圧延」とは、本願発明における「圧延」と異なり、電極線をその断面が「三角形、長方形、バンド状……レンズ状、だ円形」のようないろいろの形状にするに足りる程度の「圧延」を意味するものにすぎず(この圧延によつてはループの形成を回避できない。)、その技術的意味において、本願発明の「圧延」と本質的差異を有することを無視したものであつて、誤りである。

(4)  被告は、審決は、当初の形状に復帰するような弾性限度を有する程度に圧延するという技術的思想について開示されているとは、どこにもいつていない旨主張するが、審決が第2引用例に関し、「電極支持ローラー間に電極線を移動させる電気縫合せ抵抗溶接において、特定の形に圧延された電極線を用いることが知られている。」と認定しただけでは、正しい判断を得ることができないのであつて、第2引用例に記載ないし図示されている電極線が「当初の形状に復帰するような弾性限度を有する程度に圧延」されたものであるか否かまで認定して、はじめて適切妥当な判断が得られるのである。したがつて、審決が第2引用例の電極線について、それが特定の形に圧延された電極線を用いることが知られているという事実認定のみに基づいて、本願発明を排斥する判断を導いたことは、誤りである。

(3)  第3引用例に基づいて本願発明のものと同程度の弾性限度を有する硬銅線を選択することが当業者にとつて容易であると誤つて判断した点

(1) 第3引用例には、昭和40年10月5日初版発行とその奥付に記載されている。本願発明についての優先権主張日は、1971(昭和46)年3月26日であるから、第3引用例出版の5年5か月余の後のことにすぎない。

ところが第3引用例記載の金属を加工硬化により弾性限度を増加させることは、上記優先権主張時からほぼ20年も前である昭和26年にはすでに公知であり(甲第14号証の1ないし3、河合匡著「金属材料」共立出版株式会社)、普通の場合ならば、当業者は容易にこの新技術を本願発明と同一ないし類似の発明に適用したはずである。しかるに、自動溶接機において単線電極として硬質線を使用する新技術は、本願発明の特許出願までほぼ20年もの間、何人もこれを実施する者はなかつた。このことは、とりもなおさず本願発明が公知技術から容易に推考できないことを意味するものというべきである。

(2) したがつて、第3引用例に基づいて本願発明のものと同程度の弾性限度を有する硬銅線を選択することが当業者において容易であるとした審決の判断は誤りである。

第3被告の答弁及び主張

1  請求の原因1ないし3の事実は認める。

2  同4の審決取消事由に関する主張は争う。

3  審決には、原告主張のような誤りはない。

(1)  取消事由(1)について

(1) 「ループ形成を阻止する」とは、本願発明にあつては、弾性限度を増加させた電極線を用いることにより溶接時に電極支持ローラの圧力により電極線が弾性限界内で変形しても当初の形状に復帰することによつて、一方、第1引用例にあつては、電極線が溶接時に電極支持ローラの圧力により変形して伸びを生じても、その伸びに応じて常にレバーにより電極線を緊張させることによつて、両者ともに、電極線をローラ間走行中に緊張状態にすることを意味するものと解される。このことは、第1引用例に、「本発明の特徴は……電極線のループを緊張することにより消滅させる手段を……設けることにある。」(第1頁25行ないし32行)旨記載され、電極線がレバーにより緊張状態にあることが、ループが消滅していることを意味することからも理解できる。

したがつて、ループの形成阻止が本願発明によつて最初に解決されたとする原告の(1)の主張は容認できない。

(2)  原告は、第1引用例の発明をもつて、ループを形成した後、その形成されたループを除去するものであると主張しているが、前記(1)記載のとおり、電極線は常に緊張状態に保持されており、ループは形成されていないものであり、このことがループ形成の阻止であるから、原告の(2)の主張も容認できない。

(3)  以上(1)及び(2)の理由により、原告の(3)の主張は容認できない。

(2)  取消事由(2)について

(1) 審決は、電極支持ローラ間に電極線を移動させる電気縫合せ抵抗溶接において、特定の形に圧延された電極線を用いることが知られている、と述べているにすぎず、原告が主張するように、当初の形状に復帰するような弾性限度を有する程度に圧延するという技術的思想について開示されているとはしていない。

(2) 原告は、第2引用例の電極線は、一度電極ローラ10及び11の圧力によつて変形すると、二度ともとの形状に復帰しない、すなわち、ループを形成してしまうのであると主張しているが、第2引用例の原告指摘箇所には、ローラ10及び11の圧力による変形後の線16、22に生ずる弛みを吸収する機構が記載されているものとは認められない。また、その第2図には、巻枠17及び23が図示されていて、上記巻枠に2つのばね機構があることは争わないが、その作用については第2引用例に記載がないから、巻枠17及び23は2つのばね機構により線16、22の伸張による弛みを吸収するために外方に向つて押圧されているものと解する根拠を見い出しえない。仮に巻枠17及び23が2つのばね機構により外方に向つて押圧されているとして、線16、22がローラ10及び11によりその弾性限度を越えて加圧変形されて伸張するならば、線16、22の伸張は繰返し加圧により破断に至るまで継続するものであるから、巻枠17及び23の外方への押圧は絶えることなく行われることを要し、これは技術的に不可能なことといわざるをえない。

以上の理由により、電極線16、22がローラ10及び11の圧力によつて変形すると、2度ともとの形状に復帰しないとする原告の主張は容認できない。

(3)  第2引用例におけるレンズ形又はだ円形に圧延された電極線が焼なましされた軟質のものであるとしても、第2引用例にそのような記載があるわけでもなく、「圧延」なる用語から硬化、すなわち、弾性限度が増大されていることを想到することは、当業者にとつて容易である。

(4)  第3引用例に記載のとおり、銅線は圧延により硬化し引張り強度が増加することが周知であることと、第1引用例における電極支持ローラを通過すると電極線が伸長し、このことが単一線を用いるシーム溶接を不可能にしているという記載から、電極支持ローラを通過しても、その圧力で変形伸長しない電極線の使用が示唆されているものと認められることから、第2引用例に「圧延された」という記載があれば足り、原告の主張するように、第2引用例に記載の電極線が「当初の形状に復帰するような弾性限度を有する程度に圧延」されたか否かまでを審決において認定することを要しない。

(3)  取消事由(3)について

(1) 審決は、第3引用例にのみに基づいて本願発明のものと同程度の弾性限度を有する硬銅線を選択することが当業者にとつて容易であると判断したものではない。上記硬銅線の選択が当業者にとつて容易であると判断した審決の理由は、3(4)記載のとおりであり、換言すれば、第2引用例で圧延した電極線を用いることが記載されている以上、圧延されたものということから、加工硬化された電極線としては第3引用例により周知の弾性限度の高い硬銅線が直ちに想到可能であるから、第2引用例の圧延された電極線、ひいて、本願発明の電極線と同程度の弾性限度を有する硬銅線を第1引用例に示されている電極線として転用しうるとするものである。

(2) 以上のとおり、審決は第3引用例のみで本願発明のものと同程度の弾性限度を有する硬銅線を選択することが当業者にとつて容易であると判断したものでなく、事実誤認に基づく違法はない。

第4証拠

1  原告

甲第1、2号証の各1、2、第3号証ないし第12号証、第13、14号証の各1ないし3、第15号証提出。

2  被告

甲号各証の成立を認める。

理由

1  請求の原因1ないし3の事実は、当事者間に争いがない。

2  そこで、審決取消事由の存否について、判断する。

(1)  成立について争いのない甲第11号証によれば、第1引用例には、溶接材にはほぼ点状に、電極ローラには面状に接触する、単線の、機械的に駆動される電極線を用いて金属板を溶接する半自動溶接機に関する発明について、その発明の目的は、溶接に際し電極線が伸長される結果生ずる電極線のループによる不都合を排除するにあること(第1欄1行ないし5行、25行、26行)、その目的達成のための手段として、溶接の間及び溶接の後に生ずる電極線のループを緊張することにより消滅させる手段を、電極線の進行方向に関して第1の電極ローラと第2の電極ローラの間及び第2の電極ローラの後に設けること(同欄26行ないし32行)が記載され、また、その図面に示された実施例によれば、前記半自動溶接機において、溶接を実施している間に生ずる電極線のループは、①溶接を実施中には、バネ29及び49、送りレバー31及び42、引張りローラ27及び41によつて伸張させることによつて消滅し、②溶接終了後には、ループの伸張分をモーターMによつて巻枠44に巻き取ることによつて消滅することが認められる。

したがつて、第1引用例に記載の発明は、電極線にループが形成されることを予め回避することを意図するものではなく、溶接を実施している間に形成されるループを緊張することによつて消滅させることを技術的課題とするものであることは明らかである。

審決は、第1引用例には、「溶接工程中に電極線がローラで圧延されて伸張しループが形成されるので、このループの形成を防止する必要のあることが示されている。」と認定しているが、第1引用例には、「ループの形成を防止する必要がある。」という文言あるいはそのことを示唆する記載は何ら存在しない。この点に関し、被告は、第1引用例の電極線は常に緊張状態に保持されており、ループは形成されていないものであり、このことがループ形成の阻止である旨主張するが、第1引用例に記載の発明は、前記のとおり、溶接を実施している間に形成されるループを緊張することによつて消滅させることを技術的課題とするものであつて、ループ形成を事前に防止ないし阻止することは何ら示されていないものといわざるをえないから、被告の上記主張は、理由がない。

したがつて、審決の上記認定は、第1引用例に記載の発明における技術的思想を誤認してされたものといわなければならない。

一方、成立について争いのない甲第10号証によれば、本願発明の詳細な説明には、本願発明の目的について、「本発明による方法は、電極支持ローラ間の線ループの形成を防止するために、電極支持ローラ間の連続溶接電極線として、溶接領域において前記電極支持ローラの圧力により電極線の変形が生じないように、圧延、引抜、成形、硬化等の加工により、引張り荷重に対する弾性限度を増加させた電極線を用いて、ループの形成を回避しようとするものである。」と記載されていることが認められるから、本願発明がループの形成を防止することを技術的課題とした発明であることは明白である。

そうすると、本願発明と第1引用例に記載の発明とを比較した場合に、両者は、2つの電極支持ローラ間に1つの電極線を移動させる電気縫合せ抵抗溶接法であつて、溶接を行うに際し、ループに起因する不都合を改善するという意味においては共通するけれども、前者はループの形成自体を防止することを目的とするのに対し、後者は現実に形成されるループを緊張することによつて消滅させることを目的とするものであるから、両者は、技術的課題を異にすることが明らかである。

審決は、両者の対比において、「溶接工程中に電極線がローラで圧延されて伸長してもループが形成されないようにする点で同一」であると認定しているが、これは、前記のとおり第1引用例に記載の発明における技術的思想を誤認し、その結果、第1引用例の発明と本願発明とが技術的課題において同一であると誤つて判断したものといわなければならない。

(2)  成立について争いのない甲第12号証によれば、第2引用例には、重ね合せた金属板の溶接を連続的に行う電気抵抗溶接機における電極線の断面について、「この線の断面は円形であるが、他の形状の断面、例えば三角形、長方形、バンド状、あるいは第4図に示すように、レンズ状ないしだ円形であつてもよい。」(第2頁46行ないし50行)及び「電極線の溶接材に向つた側の横断面が、レンズ形又はだ円形に圧延されている。」(同頁73行ないし75行)と記載されているが、ループの形成を防止することについては何ら示唆されていない。かえつて、第2引用例の第2図には、巻枠17及び23にばね機構が付されていることが認められ、巻枠17及び23は、ばね機構によつて電極線を伸張するように外方に向つて押圧されていることは明らかであるから、このばね機構の存在は、溶接を実施する間に生ずる電極線のループを緊張によつて消滅させる役割を果たしているものと認められる。この点に関し、被告は、ばね機構の作用については第2引用例に記載がないから、巻枠17及び23は、2つのばね機構により線16、22の伸張による弛みを吸収するため外方に向つて押圧されているものと解する根拠を見い出しえない旨主張するが、第2引用例に記載された発明の実施例についての説明と第2図に示された溶接機の構成とを対比しつつ、巻枠17及び23に付されたばね機構の機能を合理的に解釈するならば、ばね機構は、電極線を伸張するため、巻枠17及び23を外方に向つて押圧しているものというべきであつて、被告の主張は、採用できない。

そうすると、第2引用例に記載の発明は、溶接を実施する間に電極線にループが生ずることを前提とするものと解すべきであつて、第2引用例が電極線の断面は円形に限らず、三角形、長方形、バンド状、レンズ状、だ円形であつてもよいとすることは、第2引用例の電極線として断面形状を異にするいろいろな電極線を使用できることを示したものというべく、これらの電極線がループの形成を防止する目的で用いられていると解することはできない。

ところで、審決は、「第1引用例の溶接の電極線に、第2引用例に示されている圧延された電極線を転用することは、当業者が容易に想到しうる。」としているが、前記のとおり、第1引用例に記載の発明も第2引用例に記載の発明も、いずれも、電極線のループの形成自体を防止することを技術的課題とするものではないから、この両者によつては、解決課題を異にする本願発明の進歩性を否定することはできないことが明らかであり、審決は、その判断を誤つているものといわなければならない。

(3)  そうすると、第1引用例及び第2引用例についてすでに上記のとおり判断を誤つている以上、加工により弾性限度を増す硬銅線に係る第3引用例を、上記各引用例と併せ考えても、本願発明の進歩性についての審決の判断を維持するに由ないから、取消事由(3)については判断するまでもなく、結局、上記判断の誤りは、審決の結論に影響を及ぼすことが明らかであり、審決には、これを取消すべき違法があるものというべきである。

3  よつて、原告の本訴請求を認容し、訴訟費用の負担につき行政事件訴訟法第7条、民事訴訟法第89条の各規定を適用して、主文のとおり判決する。

(荒木秀一 竹田稔 舟橋定之)

〈以下省略〉

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